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幸せの公式5(Cについて) 

次に、後天的に得るもので幸せの水準に貢献するC(circumstances)について、網羅的ではないですが、心理学的に一定の研究成果が出ている項目について総覧します。

①金銭
発展途上国では金銭的に恵まれていることは幸せに関係するが、先進国ではあまり意味がない。なお直接関係ないが、金銭的成功を重視する人は、そうでない人に比べて平均的に不幸せという研究もある。

②結婚
結婚が一概に幸せに繋がるわけではない。いい結婚をした場合は幸せに繋がるが、結婚生活がうまくいっていない場合は未婚者よりも不幸になる。

③社交活動
社交的であることと幸せであることには正の相関関係があるが、因果関係がどちらなのかはわかっていない。つまり社交的だから幸せになれるのか、幸せな人は社交的になるのか不明である。

④ネガティブな感情(恐怖、不安など)や出来事
ネガティブな感情を経験することが多い人は、ポジティブな感情を経験すること(よって幸せを感じること)が若干だけ少ない。

⑤若さ
年齢と幸せに相関関係はない。ただ年を取るにつれ、「世界で一番」や「最もみじめ」といった極端な感情を感じることは減る。

⑥健康
軽度の不健康は幸せに影響はないが、重度の不健康は不幸につながる。慢性の持病(心臓病)などを一つだけ患っている患者の幸せは減少しないが、いくつかの持病を併発する重篤な状態になると幸せは下がる。

⑦教育水準
高い教育水準が所得に影響を与えることを除けば、教育水準自体は幸せに影響しない。(低所得者にとっては少しだけポジティブな影響を与える。)

⑧知的水準(IQ)
知的水準は幸せに影響はない。

⑨気候
温暖な気候か寒冷な気候かは、幸せに影響はない

⑩性別
幸せに性差はない。ただし女性は男性に比べて、幸せ・不幸せの上下幅が大きい。

⑪信仰
アメリカの場合、因果関係は不明であるが、信仰と幸せに相関関係はある。(つまり信仰心に篤い人が、犯罪に手をそめず健康な生活をするため、幸せになっている可能性もある。この場合信仰自体が幸せを引き起こしているのではなく、犯罪をしないこと・健康なライフスタイルが幸せに影響していることもありうる。)

⑫騒音
自宅が夜でも車通りの多い道に面しているなどの場合、幸せにネガティブな影響を与える。(人間は断続的な騒音に適応することは苦手である。)

⑬通勤時間
住居の広さに比べて、通勤時間の長さの方が適応が難しい。よって長い通勤時間は幸せにネガティブな影響を与える。

⑭自己決定権
自分の身に降りかかる諸問題について、自己決定権を有している場合、不幸の度合が緩和される。

⑮恥ずかしさ
例えば整形手術は幸せにポジティブな影響を与える。これは、容姿にコンプレックスを持つ人が整形手術を通じて、そのコンプレックス(恥ずかしさ)を除去できるからであると考えられる。

⑯人間関係
苦手な人への適応は難しい。面倒な同僚やルームメイトは確実に幸せを損なう。


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[ 2008/05/30 09:12 ] 授業 | TB(0) | CM(0)

幸せの公式その4(Sについて) 

引き続いて、各論第一段として、S(Set Range)について。これは、幸せの公式の3つの要素のうち、先天的に備わっていて、基本的に変えられない要素として挙げられています。イメージとしては、ネアカでポジティブシンキングの人は人生をハッピーに生きられる。それは遺伝的・先天的な特徴であるという考え方です。他方、人はよくもわるくも幸せ(不幸せ)な状況になれてしまって、いずれは生まれついた幸せのレベルに戻ってしまう(だから生まれつき幸せな人は幸せ)ということもいえます。

例えば、実際に宝くじで大金を当てた女性の場合、その時は大喜びして家や高級車を買い、子供を私立の学校に入れて幸せな生活をすごしたのですが、その後もともと患っていた軽いうつ病の症状を示すようになったそうです。また、事故で全身マヒになった人の場合、事故当時は大変ショックで死んだ方がましと考えたそうですが、後になって事故の前とほぼ同じような幸せになったそうです。つまり、人間は良くも悪くもその状況に慣れてしまって、絶対的な基準で幸せを考えることが苦手なのです。

さらに言い進めれば、幸せになるためにお金持ちになったり出世したりという目標を掲げて実現することに腐心しても、成功はさらなる目標につながりきりがないという「幸せのトレッドミル」という考えかたもあります。

したがって、いずれはSに収斂してしまう短期的な幸せを追い求めるよりも、長期的にSを底上げするCあるいはVに力を注ぐ方が望ましいといえます。
ではCやVは具体的にはどういう要素があるのでしょうか?

[ 2008/05/29 11:45 ] 授業 | TB(0) | CM(0)

幸せの公式その3(Hについて) 

まず、Hについて。HとはEnduring Level of Happiness、恒久的な幸せのレベルを意味します。イメージとしては、さまざまな出来事によってその時々の幸せは上下するけど、いずれはある一定の幸せレベルに戻ってくるように人間は出来ていて、その時の一定のレベルを指すもの、ということです。

一卵性双生児と二卵性双生児の比較研究(遺伝的要素と環境的要素の幸せへの影響度合い)によると、Hに影響を与える要素の50%は遺伝的に決まっていると報告されています。他方、こうした遺伝的に決まっている要素でも身体的な要素のように変えがたいものもあれば、ポジティブ思考のように努力次第で改善できる要素もあります。

このように考えると、Hを構成する3要素S、C、Vは、基本的に長期にわたってその人の幸せが収斂する水準を決定するものを要素分解したものです。
具体的には、
Sは先天的に与えられたベースの水準であり、短期的な幸不幸が収斂することを示すもの。
Cは金銭的・社会的な成功など、達成されることで幸せの水準を上げるもの。
VはCの達成の過程を楽しむことで幸せの水準を上げること。
ということになります。

では、続いてこのS・C・Vの3要素をより詳細に検討していきます。

[ 2008/05/28 12:31 ] 授業 | TB(0) | CM(0)

マテ茶に見るもてなしの心 

今日はPersonal Leadership and Successのグループワークで、メンバー二人とブランチ。その後、メンバーの一人で、同じクラスターの親友、アルゼンチン人のFedericoの家へ。

ギフトを用意しているから、来いとのこと。行ってみると、なんとマテ茶のセットを用意してくれていました。以前彼の家に遊びに行ったときに、飲ませてもらって非常に興味深くしていたのを覚えていてくれたようで感激しました。

マテ茶は、アルゼンチンを中心とする、南米の南部の伝統茶で、独特のポットとスプーンのような金属製のストロー(ボンビーリャ)を使って飲む非常に珍しいお茶です。「飲むサラダ」とも呼ばれるマテ茶は、ビタミンやミネラルが豊富で、なによりも非常にカフェインが強い!一杯目を飲んだあたりから、脳が冴えてきて、ギンギンになります。

その後、マテ茶がいかにアルゼンチンの文化や社交活動の中核を担っているかを話してくれました。アルゼンチンではマテ茶はカフェなどのお店で提供されることは少なく、むしろ家庭での団欒や、友人が訪れた時のもてなしとして楽しまれます。友人を出迎える際には、「ようこそいらっしゃいました。マテ茶でもいかがですか?」と聞くそうです。

面白いことに、マテ茶の楽しみ方は日本の茶道と通じるところがあります。ホストが茶をたて、ゲストにふるまいます。ゲストはそれを飲みほし、ホストに返します。そしてホストが茶をたて、別のゲストに薦めます。ホストが茶をたて、同じ茶碗で茶を楽しむという点で、マテ茶と茶道は共通しています。またマテ茶の一杯目は、ごみが入っていたり非常に渋いので、通常ホストが飲みます。こうしたもてなしの心もまた、親しみを感じてしまいます。

PLSの議論をしていたときに面白かったのは、Federicoにとって、人間は友達か敵かの二種類しかいない、という見方でした。殺伐とした見方にも見えますが、それゆえに友達と思った人間に対しては思いやりがあり、よくしてくれます。家に招いた客人へのもてなしの心も、そういう人間観から来ているのかも知れませんね。

最後に、マテ茶のたて方をご紹介します!



[ 2008/05/27 00:43 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

幸せの公式その2 

今日は一日中Personal Leadership and Success関係の論文を読んでいました。
おかげで、先日ご紹介した幸せの公式についてだいぶんわかりました。
そこで、あす以降、それについてまとめていきたいと思います。
[ 2008/05/25 13:15 ] 授業 | TB(0) | CM(0)

交渉=情報戦=騙し合い? 

選択科目のManegerial Negotiatingについて書きます。
この授業は交渉についてテキストを読んで理論を学び、それをロールプレイを通じてスキルとして定着させる、という方法論に基づく交渉論です。日本人は交渉がへたといわれているので、今後国際交渉があったときにちゃんと戦えるよう、学ぼうと思います。

今日のテーマは「タフな交渉術」。中古自動車の値段交渉という、一回限りのゼロサム状況で、自分の利益を最大化(つまり相手の利益は最小化)するべく、あの手この手を使います。例えば、
-Good Cop/Bad Cop 二人チームで、一人が厳しくあたり、もう一人がやさしくする
-Low (High) ball 極端に安い(高い)値段をふっかける
-Bogey 急いでいる客に対して、在庫があるのに、手数料をとる
-Nibble 電化製品店で買い物の最後にタコ足プラグをタダでつけさせたりする
-Chicken この値段で買うか買わないか、買わないなら取引はなしだ、と二択を迫る
-Intimidation どなったり、信用していないのかと凄んだりする
-Snow Job 関係ないことをいっぱいいって、争点を分からなくさせる
-Phony fact でっちあげの情報をつかう

このような手法を使って、交渉相手の情報分析をかく乱・誘導することで自分に有利な状況を作り出すということになります。一見非常にキタナイやりかたのように思いますが、どこからが汚いのか、やってはいけないのか、という問題になると、線引きが非常に難しいように思います。

たとえば、でっち上げの情報を使って相手をだますのは非常に悪質ですが、本当は在庫があるのに、それを黙って急いで対応する手数料をとる、というのはどうでしょうか?いずれにせよ相手はそれだけの価値を見出しているのだから、お互いに満足が実現されているのではないでしょうか?
さらにいえば、現実問題として自分にとって不利な情報を(問われずに)積極的に開示しないことは、本当に倫理的に許されないことなのでしょうか?仮に倫理的に望ましくないとして、どうすれば交渉相手にもそのルールを順守させることができるでしょうか?

これらの質問に対する答えを僕は倫理感のみに求めるのは難しいように思います。倫理感は個人として持つべきですが、他人に強制することは難しいです。むしろ、ここのケースの線引きは個人の倫理観に照らした判断によって行い、その結果がレピュテーションとしてフィードバックされることで、いずれ悪質な交渉人が淘汰されていく、というメカニズムのほうが筋が通るように思います。その意味において、高い倫理観が求められていると考えました。


[ 2008/05/24 12:30 ] 授業 | TB(0) | CM(0)

邂逅 

今日、8年ぶりの友人と再会しました。
彼はカナダに留学した時に仲良くしていたコロンビア(国)の友達です。
なんと彼のお姉さんがコロンビアビジネススクールにいて、彼女の卒業式のためにこっちに来たそうです。彼自身もまたコロンビアビジネススクールに近くアプライする予定らしく、久方ぶりの邂逅に運命を感じました!
[ 2008/05/23 12:18 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

卒業式 



今日はコロンビア大学の卒業式でした。コロンビア大では、キャンパスのど真ん中のスペースに野外コンサートみたいな施設を導入して、そこでやっていました。よくアメリカの大学の卒業式でみる帽子とローブは、コロンビアの場合は水色なんですね。

僕らもあと一年で卒業です。なんかようやく一学期を終えたばかりではあまり実感もわきませんが、気を引き締めて充実した学生生活を送ろうと思いました!
[ 2008/05/22 11:08 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

クラスパーティシペーション 

MBA(というかアメリカの大学院はどこでもそうなのか?)では、授業中に発言する(クラスパーティシペーション)ことが期待され、実際成績の少なくない部分(おおむね20%、たまに40%!)がクラスパーティシペーションで構成されています。

二学期目ともなると、よくしゃべる人としゃべらない人が大きく分かれてきていますが、現在わがクラスでは一部の喋りすぎな人をどうするか、というのが懸案事項になっています。クラスパーティシペーションは、学生の理解を教授に示す手段であるとともに、他の学生の意見から学ぶという意味もあります。前者の観点からいえば、しゃべりすぎな人のせいで他の学生のチャンスが奪われているという見方ができる一方、そこまでいろいろしゃべれることが彼の比類なき能力のためである、という見方もできるでしょう。また、後者の観点から言えば、誰がしゃべるかという問題というよりは、その発言のクオリティが高いかどうかが主として重要なメルクマールではないかと思います。

僕としては、しゃべりすぎな人として思い当たる人の発言を考えてみると、クオリティは概ね高いといえるので、後者の観点から実害はないと思います。前者の観点から考えれば、特にそうした懸念・不満を言っている人が発言したいんだとすれば、むしろ教授の指名の問題ではないかと思います。つまり、教授がすぐにいつもの面々を指名するのではなく、時間を少しとって出来るだけしゃべっていない人にもチャンスを与えるようにすればいいように思います。

いずれにしても、日本の大学の授業だと起こりえない問題だなあ、と改めてアメリカのMBAにいるという文化的違いを実感しました。
[ 2008/05/21 13:26 ] 授業 | TB(0) | CM(0)

Decision Modelが好きみたい 

Decision Modelという、平たく言えばエクセルのソルバーという機能をつかって、複数の制約式のあるモデルを解く(最適化する)コア科目を今とっています。リソース・設備という条件のもと、最も利潤が最大化する生産計画を作ったり、多年度にわたる資金ニーズを満たす資金調達計画を作ったりするのですが、これが非常に楽しい。

何が楽しいかというと、制約条件の設定の仕方に知恵や工夫があって、パズルを解くような楽しさがあります。もともと数学が昔からとても好きで、特に別解を編み出して、簡単・シンプルな新しいやり方を発見したときは、すごくうれしかったものです。そういう懐かしさも手伝って、楽しんでおります。
[ 2008/05/20 12:47 ] 授業 | TB(0) | CM(0)

幸せの公式 

いよいよ先日ご紹介した異色のリーダーシップ授業、Personal Leadership and Success (PLS)の第一回目に行ってきました。実は昨夜4時くらいまで飲んでいて、8時30分からの授業だったので、大変だなあと思っていたのですが、あまりに話がおもしろくて全く眠くなりませんでした。

で、第一回の授業ですが、イントロと3つの授業でのフォーカスのひとつめ、Inner compassの説明に入りました。そこで、幸せの公式を次のように設定しました。
H = S + C + V
where
H = Your enduring happiness level
S = Your happiness set point
C = the circumstances of your life
V = factors under your voluntary control

要するに、どの程度幸せか(H)は、幸せになりやすさS(先天的に幸せになりやすい性格とそうでない性格がある)と、現在の金銭的・物質的状況Cと、あなたがコントロールできる内心的要素Vからなる。
そして興味深いのはそれぞれのウエイト。なんと、Sが50%、Cが10%、Vが40%の寄与度だそうです。生まれつき幸せになれるかどうかの半分程度が決まっているとは、、、その上で、40%を占めるVのコントロールをよくできるようにするのがこの授業で提供できることだということでした。

皆さんは、この幸せの公式、どう思いますか?

[ 2008/05/17 14:25 ] 授業 | TB(0) | CM(1)

MBAエッセイで聞かれること 

今日は二人の日本人の方がCampus Visitに来られました。去年は僕もVisitする側だったのが、案内する側になったかと思うと感慨深くあります。自分もCampus Visitして授業に出てエッセイのネタ探しをしたり、現役生の方に受験の相談をしたりして、非常に正解だったと思います。

二人とも共通してエッセイについての質問をうけました。
もちろん単なる合格した受験生としての個人的見解でしかないのですが、すべてのエッセイについて共通していえることがあると思います。それは、エッセイでは「自分の経験から教訓を引き出し、それを簡潔明瞭に説明する能力が問われている」ということです。

というのも、実際の授業ではその能力が非常に重要だからです。ケースを読んで意見をまとめる、前職のバックグラウンドや出身国といった経験を発表する。いわゆるクラスパーティシペーションにおいては、ケースや経験を分析して、一般化できるTakeawayを導き、その議論の流れに応じてコンサイスに発言する能力が不可欠です。MBAのように先生のレクチャーだけでなく、むしろ学生の経験や意見によって学びあうプログラムの場合はとくに、この能力が重要だと言えるでしょう。よってエッセイでは、そういう能力を各問共通して聞いているのではないかと思うのです。

さらにいえば、それぞれの問でどういう経験について書くかは、二の次なのかもしれません。たとえばコロンビアでは、アントレプレナーシップを発揮した経験についての質問があります。アントレプレナーシップといわれてもいいのが思いつかず、当時大変悩まされました。しかし、何をしたかよりも、なぜそれをしたか(モチベーション)、どうやったか(問題発見・解決能力)について掘り下げて書くことで何とか形にしたことを覚えています。そんなにいいトピックではなかったですが合格したことから考えれば、決して的外れなアプローチではなかったのではないでしょうか。
[ 2008/05/15 09:59 ] 受験のヒント | TB(0) | CM(0)

Global Economic Environment 

今日からGlobal Econmic Environment(マクロ経済の授業)が始まったので、抱負めいたことを。

そもそも経済官庁出身として、「専門家なのに受ける必要ないんじゃない?」と何人かから言われたのですが、諸先輩や同僚(もしくは優秀な後輩!)にくらべると専門家と呼べるレベルではありません。
実際、大学時代は法学部出身でしたし、職場でも必要に応じて勉強しましたが体系だったものではありません。そこで、この際、なんちゃって専門家を脱するべく基礎からしっかり勉強することにしました。

ちなみに、先生はFRBでエコノミストをしているらしく、やや発言が当局寄りだなと思いますが、サブプライムの対応の突っ込んだ話をしてくれるのではと期待しています。

[ 2008/05/14 09:47 ] 授業 | TB(0) | CM(0)

日本経済経営研究所(CJEB) 

あまり知られていないことですが、コロンビアビジネススクールには日本経済経営研究所(CJEB)という研究機関があります。一年のおよそ半分を日本で過ごしているといわれている日本経済研究の第一人者ヒュー・パトリック教授のリーダーシップのもと客員研究員・事務局員含めて20名弱の比較的大きな研究機関です。http://www4.gsb.columbia.edu/cjeb/japanese

我々日本人学生で運営するJapan Business Associationでは、昨年からこの研究機関のリソースを活用しつつゲストスピーカーイベントを企画しています。直前のエントリーとかぶりますが、昨年度は新生銀行の八城さんをスピーカーとして招聘したりしています。

今日は今学期以降、どういうゲストスピーカーなどのイベントを実施すべきか、CJEBとJBAの最初の打ち合わせを行いました。僕個人的には、NY、ロンドンに次ぐ金融市場である東京マーケットを売り込むべく、ウォールストリートで実際に日本に投資している人を呼んできて話してもらったり、逆に日本からユニークなビジネスモデル(たとえば日本のコンビニは何でもできてアメリカ人には非常に珍しかったりする)を説明してもらったりしようと考えています。

もし読者のみなさんがいいアイディアがあればぜひ教えてください!!!
[ 2008/05/13 11:56 ] 課外活動 | TB(0) | CM(0)

日本的ビジネス慣行 



春休み最終日の今日、かねてから読み進めてきた本「セイビング・ザ・サン(ジリアン・テット著)」を読み終えました。

この本は1998年に長銀(日本長期信用銀行)が破たん・国有化され、その後はげたかファンドと批判されたリップルウッドに買収されて、新生銀行として2004年に再度東証に上場されるまでの流れを描いたものです。名だたる関係者にインタビューをして書きあげられていることが伝わってくるような、極めてリアリティのある本です。

この本を読もうと思ったきっかけは、日本的ビジネス慣行について理解を深めるためです。よく日本のビジネス慣行は資本主義とは異なる原理によって動いている、さらに言えば不透明である、という批判が欧米社会からなされるように思いますが、どういうことを言っているのだろう?と常々思ってきました。この本はいうなれば外国人の視点で、近年のもっとも物議をかもした企業再編の事例を取り扱っているので、そういうことがわかるかなと。

読み進める中でもっとも興味深かったのは、日本とアメリカの銀行に対する見方の違いが随所に発見されたことです。例えば、日本では銀行は公器であり、短期的な利潤最大化よりも長期的な取引関係の継続による利潤の最大化を目指しているように思われます。他方、アメリカの場合銀行ビジネスがいかにそれぞれの融資案件で利潤を出せるか、裏を返せば、不良債権の場合、速やかに処理することが望ましいということになります。

僕はこの日本流のLong-termでcooperativeなやり方も一つのモデルであると思います。しかし、それがバブル崩壊、アジア通貨危機(外需の落ち込み)といった90年代の日本を取り巻く厳しい状況の中でワークするものであったか、と言われるとやはり厳しいものだったと言わざるをえないと思います。

もし背後にある文化的な違いを捨象して、それぞれは単なるビジネスモデルであるとすれば、経済が順調であるときには日本型が、経済が不調で構造調整が必要な場合はアメリカ型が望ましいのかもしれません。ただ、そういう発想は戦後一貫して成長を続けてきた日本にとってはなく、長銀破たん当時のマスコミ報道や政治の受け止め方が厳しいものであったことも、また無理のないものだと思いました。

このような日本文化に根ざした日本型モデルは、残念ながら欧米には依然不透明なものとして映るのでしょう。僕もどちらのモデルが今後の日本にふさわしいのかわかりません。ただ、世界でもまれなほど勤勉な日本人からなる日本経済が本当に落ち目なのであれば、それは経営手法・モデルを大きく見直さないといけないということなのかもしれません。
[ 2008/05/12 12:32 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

Personal Leadership & Successの宿題(回答編) 

宿題1
1)
僕は自分らしさを発揮できる時と発揮できない時でパフォーマンスにむらがある。いつでも自分のベストを発揮できるよう、自分の性格や精神面をコントロールできるようになりたい。

2)
①自意識過剰
自分への要求水準とプライドが高すぎる。もちろんこれらは人一倍の努力をしてきた自負心の裏返しであり、更なる努力を生み出す原動力にもなる。他方で苦手分野や自信のない分野にチャレンジしようという気持ちを失わせる。例えば、
-パーティーで、いきなり話しかけたら変に思われるかなと尻ごみする。
-授業で、思いついた意見が本当に言うに値するか吟味している間にタイミングを逸する。

②イライラマネジメント
すべての人がそうであるように、僕にも他人の行動・考え方についてイライラさせられるポイントがある。イライラすると、感情的・短絡的・突発的・攻撃的な対応をその人にとり、相互にイライラさせるという悪循環に陥る。たとえば、僕が期待しているほど同僚が努力していないと思われるときにイライラする。自分がイライラするのはどういう場合か理解し、いかに自分のイライラが感情的な対応につながらないようにするかというのは、その人に改善を求めていくのと同様に(現実的にはそれ以上に)重要なことである。

③モチベーションの維持
僕が新しいことを始めたり、期待以上の成果を出そうと頑張るときのモチベーションの源は、責任感であり、成功体験であり、新しいことを始める余裕である。しかし、新しいことを始めてそれがあまり周囲の期待を集められない場合、途中で興味を失う。またうまくいかない場合は、ターゲットを下げて適当にさばこうとする。またメイン業務が忙しくなると、そちらに特化してチャレンジしなくなる。
これらの責任感、成功体験、余裕はいうなればExternal environmentであり、こうしたものがなくてもモチベーションを維持し続けることができれば非常にたくましい。実際、通常のレベルの業務(内容、要求水準)をさばくだけでも多忙な霞が関で、チェンジリーダーであろうとするなら、このタフさは不可欠に思う。

3)
上記の三つの問題を解決し続けるための、測定可能なアクションプランを導いたとき。
これらの問題は僕のこれまでの人生を通じて作り出した歪みであり、その矯正は時間がかかる。完治するまえにギブスを外したらもとに戻ってしまう。したがってコロンビア在学中及び卒業後のそれぞれの段階での、アクションプランを作り出す。そして、アクションプランは成果またはアクションベースで測定可能なものである必要がある。

宿題2
どういう人生が振り返ったときに自分に充足感を与えるかと言えば、「頑張った人が報われ、それによりみんなが切磋琢磨する社会の実現に向けた制度改革」をより広く深く実現できた時だと思う。企業よりも国、日本のみならず世界レベルで、民間経済と行財政のバランスを変えていく必要があると思う。こうしたビジョンに整合的な改革を自らリードしていくことを死ぬまでにやり遂げるのが、僕の人生の目的である。
[ 2008/05/10 12:06 ] 授業 | TB(0) | CM(2)

Personal Leadership & Success 

今日は夏学期受講予定の授業の紹介をしようと思います。
今学期は必修科目として、マクロ経済、リーダーシップ、会計学(応用)、統計分析を、選択科目として、交渉術、そしてタイトルのPersonal Leadership & Successを取る予定です。

Personal Leadership & Successはあえて訳すなら自己啓発でしょうか?自己啓発というと何となくアヤシイ感じがしますが、Hitendraというインド人の有名な教授によって開発された新しいタイプのリーダーシップの授業です。

テーマは自分自身の価値観、考え方、やる気(inner environment)をいかにコントロールするか。通常のリーダーシップは人、組織をいかにリードするかというexternal environmentにフォーカスを当てています。それに対して、自分の内面を変えることで人や組織にいかに対処するかを学ぶというもの。うーん、わかったような、わからんような。

実は早速宿題が出ているので、それについて考えつつ、このユニークな授業を紹介したいと思います。
宿題1:何をこの授業に求めるか。
1)この授業を受講した動機は?
2)ムード、受け止め方、考え方、モチベーションなどに関連して、この授業を通じて改善したいことを3つあげよ。
3)どういう結果が達成されれば、この授業を受けてよかったと思えるか?(学習内容、スキルなど)

宿題2:人生の目的について
2064年の春の夜、あなたは長い人生の最後の夜を迎えようとしています。
あなたは、この数週間、これまでの人生を振り返りました。2010年代、2020年代、、、
時はあなたが想像していたよりもずっと早く過ぎ去りました。しかし、あなたは毎日を、毎年を、よく生きてきて、2064年の今日に至ったことを誇らしく感じています。
これまで幾多の困難を乗り越え勝利することもあれば、思い通りにいかないこともありました。しかし、大局的に見れば、あなたは人生の目的にたがわない人生を送ってきました。
徐々にまどろんでいくなか、あなたはよく生きた人生への満足と感謝から微笑まずを得ませんでした。
このような人生の終焉期にいるとして、あなたがよく生きたと実感できる人生はどのようなものですか?この回答を、あなたの人生観に結びつけて考えてください。

皆さんも考えてみてください!(僕の回答は次のエントリーで。)



[ 2008/05/10 08:43 ] 授業 | TB(0) | CM(0)

第一学期の総括 

今日は第一学期を振り返って、第二学期への抱負をまとめたい。

<第一学期の評価>
①学業
多くの時間を予習にさき、全体として学んだ実感はある。
他方、成績は大したことはなかった。その理由はクラスパーティシペーション(要するに発言)が少なすぎたことによる。
学びのほうが成績よりも自分にとっては重要なのでその点は問題ない。しかし、発言の少なさは自分への自信のなさ(英語、コンテンツ)によるものであるため、自己変革の一環としてしっかり改善していきたい。
②課外活動
International Repとして、JBAのCo-presidentとして、International Development Club(ニカラグア)のメンバーとして、第一学期としては非常によく頑張った。
他方、特にIDCについては、ニカラグアから帰ってから勉強が忙しくなったこともあり、若干手抜きしてしまったことは否めない。あまり活動範囲を広くしすぎてそれぞれが浅くなったら本末転倒である。
また、ハッピーアワー(毎週木曜日はschoolwideの飲み会がある)には極力参加したり、自らクラスに向けてイベントを開催するなど積極的にsocial活動にもいそしんだが、もう少し飲み会にも参加して友達づきあいをよくしたい(クラスターメートにも、natsukiは忙しくしすぎだ、とたまに言われる。これはよくない!)
③ブログ
こうした忙しさにかまけて、更新頻度が著しく低下してしまった。
その理由の一つに、書くに値するトピックを煮詰めて書くというスタイルのため、更新の敷居が高くなってしまったことがある。いずれにせよ、もう少し頻度を高める必要が読者にとっても自分の考えの整理にとっても有意義ではないか。

<第二学期の抱負>
①学業
毎授業1回発言する。
その際に、発言のクオリティには目をつぶる。
まず発言する練習をするつもりで今学期は臨む。
②課外活動
夏学期はISABにとってもJBAにとっても9月以降の本番に向けた準備期間にあたるため、積極的にリーダーシップをとって頑張っていきたい。
また、飲み会への参加などを通じて友達づきあいをよくしたい。
③ブログ
毎日一回更新する。
極論すれば「今日は授業が立て込んで、そのあと飲み会で疲れたー」というレベルでも更新することに意義がある、という考えで今学期は臨む。
[ 2008/05/09 12:26 ] 授業 | TB(0) | CM(0)

Follies feat. Glenn Hubbard 

glenn hubbard

コロンビアビジネススクールのDean(学長), グレン・ハバードです。
ご存じの方も多いと思いますが、ハバードは著名な経済学者で、ブッシュ大統領下でCEA(Council of Economic Advisories)の議長も務めました。実はハバードはグリーンスパンの後任FRB議長候補として有力視されていたのですが、結局バーナンキがFRB議長に就任することになったということがありました。

このバーナンキとハバードのエピソードは日本であれば腫れものに触るような扱いをすることになると思いますが、コロンビアではなんとジョークにされています。実際、コロンビアでは各学期ごとにFolliesという学芸会?のようなイベントがあって、ジョークやダンスなどを有志が披露するのですが、そこで披露されたハバード関連のジョークをどうぞ。

まずは、バーナンキに負けた直後のハバードの気持ち(?)をうたったEvery Breath you take


続いて、サブプライムへのFRBの対応に自責の念を抱くバーナンキの気持ち(?)をうたったThe Market Crashed on Me


[ 2008/05/07 13:19 ] 課外活動 | TB(0) | CM(0)

リーダーとマネージャーの違い 

今日は先日試験を終えたばかりの授業、Creating Effective Organizationについてのエントリー。読んで字の如く、パフォーマンスの高い組織を作るためにはどうすればよいか、を学びます。組織管理論というよりはむしろ組織とどのように向き合うべきかをケースで学ぶというのが近いように思います。

HBSでも教鞭をとっていたJick教授の巧みなリードが冴えわたるこの授業は、多くの学生のもっとも好きな授業になっています。Strategyの授業よりもよっぽどソフトスキル系の授業なので、takeawayをまとめるのが難しいです。いろいろ考えさせられる授業でしたが、僕が一番気に入ったのはLeaderとManagerの違いについて。

Managerというのは、組織活動に関する複雑さに対処することが役割です。そのために戦術(Tactics)を決め、部下を統率(Control)し、規律(rule)をもってことにあたります。他方、Leaderはというと、組織の目標やあり方の変化をひっぱっていくことが役割です。そのためにビジョンを示し、部下をモチベートし、充実感ややりがいをもって組織をリードします。

もちろん、LeaderがCEOでManagerが部長クラスという上下の関係ではないですし、LeaderがManagerより優れているというわけでもありません。これらの区別は、いわばスタイルの質的な違いであって、組織を率いていく人間は、局面に応じてLeadership能力とManagement能力の双方を使い分けないといけないという話だと理解しています。

そのうえで、自分がしっかり伸ばしていきたいのはLeadership能力かなと思っています。自分の知る限り、霞ヶ関で働く人々はManagement能力に長けた方は多いと思います。複雑な利害関係者のバランスを調整し、多数の案件をうまくさばきます。しかし、ビジョンを示して、それに向けて現状を変えようというアプローチをとろうとしている人は少ないように思います。自分自身も係長としての二年間を通じて、Managementの修行をさせていただきました。しかし、自分で何かを示して、それに向けて組織をリードできたかと聞かれれば、何もできてないと言わざるを得ず忸怩たる思いです。

霞が関という大きな場所で活躍できれば、社会に対してもっともインパクトがある仕事ができるはず!というのがそもそもの自分の役人志望動機でした。そう考えた時に、「リーダーとは、リーダーなくしてはたどり着けなかったであろう場所まで組織を率いていくものだ。」という言葉が、すごくしっくりくるのです。2学期ではLeadershipの授業があるので、そこでさらに考えを深めたいと思います。

[ 2008/05/05 09:39 ] 授業 | TB(0) | CM(0)
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Author:natsuki
コロンビアMBAに2008年1月から留学しています。

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